その背景にあるもの

じんが家に来て、1年2か月。
すっかり家庭の犬になって、ぬくぬくとしてくれている。
幸せかな?幸せだといいな。と毎日毎日、今でも思う。
元々豆柴という種類は居ないらしく、小さく生まれた柴犬を親とし、小さい柴犬を豆柴というらしい。
じんは小さい。だから豆柴の親として選ばれ、繁殖犬として8年犬舎にいた。
じんがいた犬舎は、ニュースでよく見るような劣悪な環境ではなく、犬舎の裏に空き地のような場所があって、そこでドッグランのように走ったりしていたらしい。
それでも雪山の寒い場所にいて、年中外にいる子だった。
どんな思いで、どんな表情で、どんな格好でその時を過ごしていたんだろうと、よく考える。
じんは男の子だけど、女の子の繁殖犬は、繁殖場によっては本当に子犬を産ませるだけ産ませ、体もボロボロになる子も少なくない。
今は法律で出産ができる年齢も決まっているけど、その環境は決して良いとは言えない。
数年前まで、動物を家族にするにはペットショップしかないと思っていた。無知って怖い。
だけど、SNSが発達し、自由に発信し、それを自由に受け取れる今、生体販売の実態を多く目にするようになった。
どこから来たのかよりも、どれだけ愛情を注ぐことが一番大切なことはわかっている。
だけど、店頭の狭いガラスの箱に入っている子犬や子猫を見て、「かわいい」「飼いたい」の次に、「この子の親はどうしてるだろう」と考えて欲しい。
どんな環境で産まれ、その親はどういう扱いを受け、その後どうなっていくのかを知って欲しい。その背景を見て欲しい。
じんのような繁殖犬は、名前を呼ばれることもなく、撫でられることもほとんどなく、遊んでもらうことも、おやつを食べることもない。
そうやって生きてきたじんは、諦めたような、無表情でいることが今でも多い。
だけど、
遊び方なんて知らなかったのに、散歩帰りは、お気に入りのロープのおもちゃを咥えてやってくるようになった。
撫でると手に体を預け、擦り寄ってくる。おやつを下さいと、おすわりをしてこちらを見上げる。
ストーブの前にゴロンとしている姿を見ると、冬、どれほど寒さに耐えてきたんだろうと思う。
吠えることもなく、噛むこともなく、ただただ黙って耐えてきたんだろうと想像をすると、胸が締め付けれる。
でもそれも人間の勝手な想像で、本当の幸せは人間でも動物でも、本人にしかわからない。
わからないから、幸せかな?幸せだといいな。と思う。
roco